“当たり前”がしんどくなったとき、夫の一言に救われた話

家族の中で見つけた気づき

「なんで私ばっかり…」って、心の中でつぶやいてた

誰に言われたわけじゃないけど、
家事も育児も、「私がやるのが当たり前」になっていた。

洗濯物を回して、夕飯のメニューを考えて、
買い物リストの在庫を頭で更新しながら、
子どもに「手を洗って」「ごはん食べて」と声をかける。

ふとテレビを見て笑ってる家族の横で、
黙ってシンクに立ってる自分に気づくと、
心のどこかで「なんで私ばっかり…」って思ってしまう。


疲れた夜、なにもかも回したあとで

その日も、いつものように全部を終わらせた後だった。

皿を洗い終えた頃にはもう寝ないといけない時間、
腰に手を当てて、ソファに倒れ込んだ私に
夫がぽつりと、言った。

「普段うまく言えないけど、すごいと思ってる」
「君が全部やってるの、ちゃんとわかってるよ」

…びっくりした。
普段は冗談ばかりの夫が、急に真顔でそんなことを言うなんて。

でもその言葉に、全身の力がふっと抜けた気がした。



“当たり前”って、本当はすごいことだった

「ありがとう」とか「助かってるよ」とか、
そんな言葉がほしかったわけじゃない。
…いや、たぶん、少しはほしかったのかもしれない。

でも、夫のあのひと言で、
「私、頑張ってるんだな」って、
やっと自分で自分を認められた気がした。


まとめ:誰かの言葉で、また頑張れる

“当たり前”をこなすって、想像以上にしんどい。
でも、それを見てくれてる人がいるだけで、
気持ちってこんなに変わるんだ。

これを読んでくれた誰かにも、
そっと言ってあげてほしい。

「ちゃんと見てるよ」って。

コメント

タイトルとURLをコピーしました